中森明菜に新事務所社長が用意した現在の“隠れ場所”

いろいろあったんだね。お酒から離れられなかったんだ。

NO.10016050 2021/11/25 18:11
中森明菜に新事務所社長が用意した現在の“隠れ場所” 元マネージャーが忘れられない“自宅台所の光景”「近藤真彦と買った家具のほかに大量の…」
中森明菜に新事務所社長が用意した現在の“隠れ場所” 元マネージャーが忘れられない“自宅台所の光景”「近藤真彦と買った家具のほかに大量の…」
「中森家の戸籍を抜けたい」明菜の自殺未遂から2年後も燻る“近藤真彦との事件”…最も信頼した男性の出現と、最愛の母の死 から続く

ドラマで幕を開けた98年頃、中森明菜のレコーディング現場には必ずお酒が用意されていた。ウォッカ、しかも彼女が指定するスミノフ50度の青ラベル。これを炭酸で割って、スクイーザーでレモンを絞り、ウォッカ・リッキーを作る。彼女はそれを飲みながら、レコーディングの準備に入るが、唄う準備は整ってはいない。

持参した小さなラジカセを持ってブースに籠り、30分から40分かけて曲を聴く。そして、スタッフに「唄う」と一声掛けると、4回か5回唄ううちに、“明菜節”になっていくのだ。(「文藝春秋」2021年12月号より、全2回の2回目/ #7 から続く)

当時を知る元マネージャーが明かす。

「経験を積んで来たといっても、やはりレコーディングに向かう怖さのようなものがあったのでしょうか。とくに1回目はお酒の力を借りないとダメでしたが、お酒は3杯までと決めていました。本人もそれ以上飲むと酔っ払ってくることは自覚していましたし、周りも3杯目になると、そろそろどうやって帰らせようかと思い始めていましたね」

そして完成したガウス移籍第一弾のアルバム「SPOON」を引っ提げ、98年6月から1カ月をかけて全国14カ所15公演のツアーがスタートした。

ところが、このツアー中、思わぬハプニングが発生する。

「このツアーは老舗プロモーターで、キョードーグループの創立者の一人、内野二朗さんの会社が全面的にサポートしていました。明菜さんも乗り気で、朝は誰よりも早く起き、いつ寝て..
【日時】2021年11月25日 6:12
【ソース】文春オンライン
【関連掲示板】

中森 明菜(なかもり あきな、1965年(昭和40年)7月13日 - )は、日本の歌手、女優。本名同じ。1982年5月1日デビュー。1980年代を代表する女性アイドル歌手であり、数多くのヒットナンバーを世に送った。アイドルの当たり年と言われた1982年のデビューで、82年組の1人である。
110キロバイト (13,322 語) - 2021年11月19日 (金) 04:32








#1 [匿名さん] :2021/11/25 18:16

何だよ隠れ場って

別に悪い事したわけじゃないのに


#2 [匿名さん] :2021/11/25 18:16

ガラガラ声は酒焼けか


#3 [匿名さん] :2021/11/25 18:19

アンジーの天井裏から愛をこめてのライブを思い出したw


#4 [トシオ] :2021/11/25 18:22

もう引退しなよ
いつまでもバカマッチにこだわっても損
メンタル弱い人間は再起難しいか不可能
他に人材はたくさんいるから